Those Who Returned Wine to the Land
Author
JOUKEI編集部
Published
May 26, 2026
Around the year 2000, something quietly shifted in the world of Japanese wine. People were turning away from simply "catching up with the world" and moving instead toward farming, toward the land.
2000年前後。 日本ワインの世界で、 少しずつ空気が変わり始めていた。 それまで長い間、 日本ワインは「世界へ追いつくこと」を目指してきた。 品質。 技術。 安定性。 本格性。 欧州品種。 温度管理。 樽熟成。 "世界で通用するワイン"。 日本ワインは、 その地点を目指して積み重ねを続けていた。
実際、 その努力によって品質は大きく向上していく。 「日本でも、本格的なワインが作れる」 そんな感覚が、 少しずつ生まれ始めていた。 けれどその一方で、 ある違和感を抱き始めた人たちがいた。
本当に大切なのは、
"上手く作ること"なのだろうか。
本当に重要なのは、
世界基準へ近づくことなのだろうか。
ワインとは、
もっと土地に近いものではなかったか。
もっと農業だったのではないか。
そう考え始めた人たちが、
少しずつ現れ始める。
同じ頃、
世界のワインシーンでも、
大きな変化が起きていた。
1980〜90年代。
世界のワイン市場では、
「品質」が絶対的な価値になっていく。
濃縮感。
樽香。
安定感。
高得点。
評論家。
パーカーポイント。
世界中で、
"失敗しないワイン"が求められていた。
もちろんそれによって、
ワインの品質は飛躍的に向上した。
けれどその一方で、
どこか均一になっていく感覚もあった。
土地の違いより、
"正解の味"へ向かっていく感覚。
自然派ワインの流れは、
そうした空気への違和感から生まれている。
もっと土地を感じたい。
もっと農を感じたい。
もっと生き物としての発酵を感じたい。
ワインを、
工業製品ではなく、
"農産物"として取り戻したい。
その思想は、
フランスを中心に少しずつ広がっていった。
そして日本にも、
その空気が流れ始める。
ただ重要なのは、
日本に入ってきた自然派思想は、
単なる"流行"ではなかったことだと思う。
むしろ、
日本という土地の感覚と、
どこか深い場所で繋がっていた。
自然を完全に制御しようとしないこと。
四季を受け入れること。
発酵を、
単なる技術ではなく、
生き物として捉えること。
揺らぎを受け入れること。
完璧さより、
その土地らしさを大切にすること。
それらは、
日本の発酵文化や農の感覚とも、
どこか重なっていた。
その流れの中で、
大きな存在となったのが、
岡本英史、曽我貴彦、大岡弘武たちだった。
もちろん、
日本ワインは彼らだけで作られたわけではない。
けれど現在の日本ナチュラルワインを語る上で、
彼らの存在は避けて通れないと思う。
岡本英史が 山梨でBeau Paysageを始めた頃。 まだ日本ワインは、 今ほど注目されていなかった。 ワイン業界全体も、 「どれだけ世界へ近づけるか」 という空気が強かった。 そんな中で彼は、 どこか違う方向を見ていたように感じる。 畑を見る。 土を見る。 草を見る。 微生物を見る。 葡萄を、 単なる原料としてではなく、 "土地に生きる存在"として見始めていた。
また、
大岡弘武がフランス・ローヌへ渡ったことも、
日本ワイン史の中で重要な出来事だったと思う。
彼は単に技術だけではなく、
自然派思想そのものへ深く触れていった。
自然を制御しすぎないこと。
土地を尊重すること。
農薬や添加物を減らすこと。
ワインを工業製品ではなく、
農業の延長として捉えること。
その感覚は後に、
日本の多くの作り手たちへ影響を与えていく。
そして、
曽我貴彦が北海道・余市で
ドメーヌ・タカヒコを始めた頃。
その挑戦もまた、
当時としては異質だった。
北海道は寒い。
雪も多い。
まだワイン産地として確立されていなかった。
けれど彼は、
その土地に可能性を見ていた。
特に象徴的だったのが、 ナナツモリ・ピノノワールだった。 ピノノワールは、 土地の違いが出やすい品種として知られている。 だからこそ彼は、 単なるブルゴーニュの再現ではなく、 「北海道という土地でしか生まれない味」 を探ろうとしていた。 そこには、 "世界へ近づく" よりも、 「この土地を、どう表現するか」 という視点があった。
彼らに共通していたのは、
"農"へ深く入っていったことだと思う。
畑へ出る。
土に触れる。
虫を見る。
草を見る。
風を見る。
雨を見る。
発酵だけではなく、
その前段階である"農"そのものへ向かっていった。
もちろん、
日本で自然に近い農を行うことは簡単ではない。
むしろ、
ヨーロッパ以上に難しい。
高温多湿。
病害。
台風。
雨。
日本の葡萄畑は、
常に自然の厳しさと隣り合わせにある。
だから、
単純な理想論では成立しない。
実際、
農薬を使わざるを得ない作り手も多い。
それは怠慢ではなく、
土地と向き合った結果でもある。
使いたくて使っている人は、
ほとんどいないと思う。
それでも、
使わざるを得ない。
日本の自然は、
それほど厳しい。
だからこそ、 日本の自然派思想は、 単純な"無農薬信仰"では終わらなかった。 むしろ、 「この土地で、どう自然と向き合うか」 という問いになっていく。 土地によって違う。 気候によって違う。 作り手によって違う。 そこには、 絶対的な正解は存在しない。
またこの頃から、
ワインの価値観そのものも変わり始める。
完璧であること。
均一であること。
失敗がないこと。
そうした価値観だけではなく、
年ごとの違い。
揺らぎ。
土地の個性。
発酵の表情。
そうしたものを、
面白さとして受け取る感覚が広がり始めていく。
そしてその空気は、
飲み手にも伝わっていった。
ただ高級だから飲むのではない。
有名だから飲むのでもない。
誰が作っているのか。
どんな土地なのか。
どんな思想なのか。
背景ごと、
ワインを味わう文化が少しずつ育っていった。
そして彼らが残した最も大きなものは、
単なる"美味しいワイン"ではない。
思想だったと思う。
農を見ること。
土地を見ること。
自然を見ること。
そして、
日本という風土を受け入れること。
その思想は、 次の世代へ受け継がれていく。 小山田幸紀。 小林剛士。 全国で新しく畑へ入っていく若い世代たち。 彼らは最初から、 「日本という土地で、どうワインを作るか」 を考えながら始めている。 それは、 かつての日本ワインとは、 少し違う景色だった。
ワインを、"農"へ戻そうとした人たち。
その静かな流れは今も、
日本各地で続いている。
参考文献
- 『ウスケボーイズ』河合香織
- 『日本ワイン 誕生と奇跡』山本博
- ドメーヌ・タカヒコ インタビュー資料
- Beau Paysage 関連インタビュー
- 大岡弘武 インタビュー・講演資料
- 『リアルワインガイド』日本ワイン特集
- 各ワイナリー公開資料・インタビュー