日本の風土は、なぜこんなにも複雑なのか
著者
JOUKEI編集部
公開日
2026年6月2日
日本列島は、ワインを作るには、決して"恵まれた土地"ではない。雨が多い。湿度が高い。台風が来る。それでも今、日本では各地でワインが作られている。しかも近年、その土地ごとの個性が、少しずつ面白くなってきている。
日本列島は、
ワインを作るには、
決して"恵まれた土地"ではない。
そう言われることが多い。
雨が多い。
湿度が高い。
台風が来る。
病害も発生しやすい。
ヨーロッパの乾燥した産地と比べれば、
葡萄栽培は圧倒的に難しい。
それでも、
日本では今、
各地でワインが作られている。
しかも近年、
その土地ごとの個性が、
少しずつ面白くなってきている。
なぜなのだろうか。
まず前提として、
日本は地理的にかなり特殊な国だ。
南北に長い。
山が多い。
海に囲まれている。
さらに火山帯の上に存在している。
つまり、
極めて複雑な地形と気候を持っている。
北海道には、
冷涼な空気がある。
東北には、
雪と寒暖差がある。
長野には、
高地特有の緊張感がある。
山梨には、
盆地の乾燥と強い日差しがある。
瀬戸内には、
比較的穏やかな気候がある。
九州には、
生命力の強い雨と熱がある。
同じ"日本ワイン"と言っても、
実際にはまったく別の風土が存在している。
しかも日本は、
世界でも珍しいほど、
水に恵まれた国でもある。
山が多いため、
雨が降る。
森が水を蓄える。
川が流れる。
地下水が生まれる。
その循環が、
土地ごとの環境を形作っている。
日本人が古くから、
水や発酵文化と深く結びついてきたのも、
この環境と無関係ではないと思う。
一方で、
その湿度は、
葡萄栽培にとって大きな難しさにもなる。
ベト病。
晩腐病。
うどんこ病。
病害との戦いは、
日本の葡萄農家にとって避けられない。
特に梅雨から収穫前にかけては、
常に空を見ながらの農業になる。
ヨーロッパのように、
乾燥した環境で放っておいても育つ、
というわけにはいかない。
だから日本では、
葡萄棚という独特の栽培方法が発達した。
風を通すため。
湿気を逃がすため。
雨から果実を守るため。
一見すると、
日本の葡萄畑は、
ヨーロッパとはかなり違う。
けれどそれは、
日本の自然環境に適応しようとしてきた結果でもある。
つまり日本ワインは、
"ヨーロッパの模倣"だけでは成立しなかった。
この土地で生きるために、
少しずつ形を変えてきた。
その積み重ねが、
今の日本ワインを作っている。
そして近年、
特に重要になっているのが、
北海道の存在だ。
温暖化によって、
北海道でも葡萄栽培が可能になり始めた。
冷涼な気候。
比較的少ない病害。
広い土地。
世界的に見ても、
北海道は今後さらに重要な産地になる可能性がある。
実際、
多くの作り手が北へ向かっている。
けれど、
日本ワインの魅力は、
単純に"冷涼だから良い"
という話でもない。
むしろ面白いのは、
難しさそのものだと思う。
雨が降る。
台風が来る。
湿度が高い。
毎年気候が違う。
自然が安定しない。
だから、
毎年同じようにはいかない。
人間の思い通りにならない。
その不安定さの中で、
どう葡萄を育てるのか。
どう発酵させるのか。
どう土地を表現するのか。
そこに、
日本ワイン特有の緊張感が生まれている。
そしてその感覚は、
日本文化全体ともどこか似ている。
四季。
移ろい。
湿度。
曖昧さ。
不完全さ。
日本には昔から、
"完成しきらない美しさ"
を受け入れる感覚がある。
侘び寂び。
余白。
陰影。
そうした美意識は、
ワインにも少しずつ現れ始めている。
実際、
日本ワインには、
どこか"静けさ"がある。
強さで押し切るというより、
透明感。
繊細さ。
奥行き。
余韻。
そうした感覚を大切にしている作り手が多い。
それは単なる技術ではなく、
この土地で生きてきた感覚そのものなのかもしれない。
また、
日本は発酵文化の国でもある。
味噌。
醤油。
日本酒。
酢。
漬物。
麹。
微生物と共に生きてきた歴史がある。
だから近年、
自然発酵やナチュラルワインへの感覚が、
日本で深く響いているのも、
決して偶然ではないと思う。
自然を完全に支配するのではなく、
自然に支えられながら生きる。
その感覚は、
日本の農業や食文化の奥に、
昔から存在していた。
もちろん、
日本ワインはまだ若い。
歴史も浅い。
規模も小さい。
価格も高くなりやすい。
世界的に見れば、
まだ発展途上だと思う。
けれど、
だからこそ面白い。
まだ完成していない。
まだ変わり続けている。
まだ土地との関係を模索している。
日本ワインは今、
単に"世界基準"を目指しているわけではない。
この土地だからこそ生まれる味わいとは何か。
この気候だからこそ表現できる感覚とは何か。
その問いを、
少しずつ深め始めている。
ワインは、
土地の記憶であり、
文化の発酵でもある。
そして日本という国は、
世界でもかなり特殊な風土を持っている。
だからこそ、
日本ワインもまた、
世界のどこにもない複雑さを持ち始めているのかもしれない。
JOUKEIは、
その土地の景色を記録していきたいと思っている。
雨。
風。
湿度。
土。
火山。
森。
水。
そして、
そこで生きる人たちの感覚。
そうした、
目には見えない風土の積み重なりを、
静かに残していくために。
日本の風土は、
簡単には説明できない。
だからこそ、
こんなにも面白いのだと思う。