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世界ではなく、風土を見始めた

「日本らしさ」を語り始めた、価値観の転換点

著者

JOUKEI編集部

公開日

2026年5月28日

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日本ワインは長い間、「世界へ追いつくこと」を目指してきた。けれどある時期から、問いが変わり始める。「この土地だから生まれる味とは何か」という問いへ。

日本ワインは長い間、 "世界へ追いつくこと"を目指してきた。 フランスのように。 イタリアのように。 世界基準の品質へ。 その積み重ねは、 確かに日本ワインを大きく前進させた。 けれどある時期から、 少しずつ問いが変わり始める。 「世界に近づけるか」 ではなく、 「この土地だから生まれる味とは何か」 という問いへ。

その変化は、
単に醸造技術の変化ではなかった。
もっと感覚的なものだったと思う。
土地を見る感覚。
自然を見る感覚。
そして、
"日本らしさとは何か"
を探り始める感覚。

もちろん、 日本ワインには長い間コンプレックスがあった。 雨が多い。 湿度が高い。 病害が多い。 ヨーロッパのような乾燥した気候ではない。 だから日本の風土は、 長い間「不利な条件」として語られてきた。

けれど次第に、 その"不利さ"そのものを、 個性として捉える作り手たちが現れ始める。 軽やかな味わい。 低いアルコール。 繊細な香り。 旨味。 透明感。 それらはかつて、 「薄い」 「弱い」 と評価されることもあった。 けれど今、 世界のワインシーンが多様性へ向かう中で、 その繊細さがむしろ魅力として見直され始めている。

特に日本の食文化との相性は、
大きな意味を持っていた。
出汁。
発酵。
塩味。
繊細な温度感。
素材の余白。
日本料理は、
強い味で押し切る文化ではない。
だから日本ワインの持つ静かな味わいは、
自然とその食文化に寄り添っていった。

また、
日本の自然環境そのものも、
ワインへ大きく影響している。
火山帯。
複雑な地形。
急峻な山々。
豊富な水。
四季。
湿度。
台風。
雪。
同じ日本の中でも、
土地ごとに環境がまるで違う。
だから日本ワインは、
地域ごとの差が非常に大きい。

北海道の冷涼さ。
長野の標高。
山梨の盆地気候。
東北の静かな寒さ。
岡山の温暖さ。
九州の雨。
それぞれの土地で、
全く異なる表情が生まれていく。
そしてその違いを、
"消す"のではなく、
"そのまま表現しよう"
とする流れが強くなっていく。

またこの頃から、 日本固有品種への視線も変わり始める。 甲州。 マスカット・ベーリーA。 山幸。 清舞。 ヤマ・ソーヴィニヨン。 かつては、 「欧州品種に比べて弱い」 と見られることもあった。 けれど今、 それらは"日本の風土を映す葡萄"として、 改めて見直され始めている。

例えば甲州。
その繊細さは、
かつて国際市場では評価されにくかった。
香りは穏やかで、
味わいも静か。
けれどその控えめさの中には、
日本的な余白がある。
出汁のような旨味。
柑橘の皮のような苦味。
静かな酸。
派手ではない。
けれど、
食事と共に飲んだ時、
不思議なほど自然に溶け込んでいく。

また、
マスカット・ベーリーAも面白い。
長い間、
"キャンディ香のある軽い赤"
として扱われることも多かった。
けれど近年は、
栽培や醸造の進化によって、
より土地性を表現するワインも増えている。
日本独自の品種だからこそ、
日本の気候や文化と深く結びついている。

そして重要なのは、 この頃から作り手たちが、 「日本らしさを、無理に海外へ合わせない」 方向へ進み始めたことだと思う。 強さより、 繊細さ。 濃さより、 透明感。 支配する味ではなく、 寄り添う味。 その感覚は、 どこか日本の美意識とも重なっている。

もちろん、 まだ"日本ワインらしさ"を簡単に定義することはできない。 地域も違う。 気候も違う。 思想も違う。 日本ワインはまだ若い文化であり、 今も変化の途中にある。 けれど確かに、 「日本の風景を、そのままワインにしたい」 という感覚は、 各地で強くなっているように感じる。

ワインは、
単なるアルコールではない。
土地の気候。
土壌。
微生物。
農。
思想。
そして、
そこに生きる人間の感覚。
そうした目に見えない積み重なりが、
少しずつ味になっていく。

だから日本ワインを知るということは、
単に品種や香りを知ることではない。
どんな土地で、
どんな自然の中で、
どんな感覚を持った人たちが、
そのワインを生み出したのか。
その風景を知ることでもあると思う。

日本ワインは今、
少しずつ"日本の風景"を語り始めている。
それは、
世界のどこかを真似した味ではない。
この土地だから生まれる、
静かな表現なのだと思う。

参考文献

  • 『日本ワインの教科書』山本博
  • 『日本ワイン 誕生と奇跡』山本博
  • 国税庁 日本ワイン関連資料
  • 日本ワイナリー協会資料
  • 各ワイナリー公開インタビュー
  • 『リアルワインガイド』日本ワイン特集